2022年4月、不妊治療も保険適用になりました。
年齢による回数上限はまだあるものの、この制度は男性不妊の治療に対しても同様に保険適用されるそうです。
子供が欲しくても出来にくい体を持ってしまった、不妊治療の費用が高くて断念していた、そんな方達には朗報と言えますね。
厚生労働省のホームページによると、不妊治療を経験したことがある夫婦は18.2%で、夫婦全体の約5.5組に1組の割合になるそうです。
僕たち夫婦も不妊治療を経験しました。
不妊の原因は、100%、僕自身の体の問題でした。
不妊の原因は夫である自分の体だった
2017年の世界保健機関(WHO)の調査によると、不妊症のうち、男性側に原因があるケースは24%もあるそうです。
不妊症で悩んでいる夫婦の1/4は、男性側に問題があるということです。
また、一般男性全体で言うと、約20人に1人は男性不妊症であるとされています。
これからの時代の男性は、家事育児だけでなく、不妊治療にも積極的に参加していくべきだと思います。
不妊治療を乗り越えないと、育児を経験することすらありません。
タイミング法と並行して妻の検査をしてもらった
結婚してから自然に妊娠できなかったので、妻が地元の婦人科病院へ診察に行きました。
妊娠しにくい体ではないか、検査をしながらタイミング法を試みることに。
しかし、中々妊娠することが叶わず。
お互いに30歳を超えていたので、少し焦る気持ちがありました。
しばらくして妻の諸々の検査が終わり、結果は妊娠するのに何も問題が無い体ということが分かりました。
「本当にタイミングが合わなかっただけかもしれないけど、あなたにも一応検査を受けてみてほしい。」
そう妻に言われた僕は、「自分が原因ではないか・・・」と薄々ながら感じていました。
妻も体を見られ、痛い思いをしながら検査を受けています。
ここで自分が躊躇するのは妻を侮辱することになると思い、内心ドキドキしながら検査をすることにしました。
精液検査の結果、精子は0個
最初に、血液検査をしました。その結果、FSHという数値が異常に高いことが判明。
具体的な数値は忘れてしまいましたが、このFSHが高い場合は、精巣での精子を作る機能が低下している状態だということです。
この結果を見た婦人科の先生に、「精液検査をして実際に精子があるか見てみよう」と打診されました。
精液検査は、朝イチに自分で採取した精液を2時間以内に病院の受付に提出します。
そして検査結果が出るまで数時間かかるので、午後に再度受診。
薄々感じていた予想は的中・・・。
しかし、まさか0個だとは思いもしませんでした。
精子の数が少ない、精子の元気があまりない、ということならまだしも、1個も見当たらないと言われたときは本当に驚きました。
検査結果を聞く前の僕は、まだどこか他人事のように思えていたのです。
今になってみると、当時の楽観的な自分を蹴りたくなります。
「今回はたまたま精子が無かっただけかもしれない。念のためもう一度検査してみよう。」と、先生に言われたので、再び精液検査を実施。
結果は、またしても0個。
無精子症、と診断されました。
僕たち夫婦が自然に子供を授かることはできません。
絶望しました。
子供を強く望んでいた妻は、僕以上に落ち込んでいました。
精子が無い原因は生まれつきの体にあった
僕が薄々感じていたこととは、幼少の頃に停留精巣の手術をした経験があったことでした。
停留精巣を簡単に説明すると、生まれたときに精巣が陰嚢(下の袋)に入っておらず、下腹部の下あたり(膀胱の近く)に留まっている状態のことです。この留まっている精巣を陰嚢に降ろすための手術をしました。
手術をしたのは小学校に上がってからなので今でも覚えています。
しかし、その手術後から睾丸に違和感があったのです。
左の睾丸は少し小さいな、右の睾丸は癒着している感じがあって触ると少し痛いな、このような違和感をずっと抱えたまま生きてきました。
この違和感にプラスして、周りよりもあまり成長していない自分の睾丸を見たときに、もしかして自分は子供が出来にくい体なのかもしれない、と薄々感じていました。
停留精巣の手術は難しいらしく、きちんと陰嚢内に降ろせない、精巣の血のめぐりが悪くなって術後に精巣が委縮してしまう、などといったことも起こりえると。
後になって実際にネットで調べてみると、停留精巣の手術経験のある男性は不妊率が高いということが判明しているそうです。
自分をとても恨みました。
何故こんな体で生まれてきてしまったのか。
妻と出会う前に自分で検査をしていれば、こんなタイミングで妻を悲しませることもなかったのに。
無精子症の詳しい検査をするために神戸へ
無精子症と診断されても、終わりではありません。
現代医学にはまだ可能性があるのです。
検査を行った地元の病院の先生に、神戸にある不妊治療専門の有名なクリニックを紹介してもらうことになりました。
一応、不妊治療で有名なクリニックは、地元の近くにもあります。
しかし、男性不妊には対応していませんでした。
男性不妊の手術を行っていて、なおかつ執刀数の多い医師は全国的にも少ないです。
ただ、紹介してくれた神戸のクリニックは、男性不妊の治療経験も豊富とのこと。
僕の地元から神戸まで車で4時間かかります。
藁にもすがる思いで妻と2人、神戸のクリニックのドアを叩きました。
ここでの診察は、睾丸のサイズを計測、エコーで睾丸内部を見る、です。
睾丸のサイズは、何種類もの大きさの輪っか状の器具に睾丸を当てはめて大きさを計測する、というものでした。
次に、エコー検査で睾丸内部を見ます。
睾丸にジェルのようなものを塗られ、右と左をそれぞれ様々な角度から見られます。
エコーのモニター画面は自分からも見えますが、底辺会社員の僕には分かるはずもなく。
なんかテレビの砂嵐を見ているようだなー、ぐらいに思っていました。
そして、診察が終わり結果はやはり停留精巣が原因の無精子症とのこと。
手術をすることになりました。
無精子症は大きく分けて2つに分類される
ここで、無精子症について補足しておきます。
無精子症とは、精液中に精子がまったく見られない状態を無精子症と言います。
一般的には、精液検査を2回実施し2回とも精子を確認できない場合に、無精子症と診断されます。
また、一般男性の約100人に1人、男性不妊の方では約10人に1人の割合で無精子症の可能性があるそうです。
閉塞性無精子症
精巣内で精子が作られているが、通り道(精路)が欠損していたり、詰まっていて出てこない症状のこと。
血液検査では諸々の項目で正常な数値が出ているけど、精液検査で精子が見つからない場合は、この閉塞性無精子症の可能性が高いそうです。
精子自体は精巣内で作られているので、手術で通り道を再建すれば自然妊娠が望めます。
もし、通り道の再建が困難な場合は、顕微鏡下精巣精子採取術(micro-TESE)を行うことになります。
この手術は、陰嚢を数cm切開して精巣を露出させ、精子が作られている組織(精細管)を少量切除し、その組織の中から精子を探し出す手術のことです。
閉塞性無精子症の場合、この手術を行えばほぼ100%精子が見つかるらしいです。
非閉塞性無精子症
そもそも精子がうまく作られていない症状。
僕の場合は、諸々の検査結果を踏まえたうえでこちらの無精子症と診断されました。
この場合だと、通り道の再建手術は行いません。
最初から、顕微鏡下精巣精子採取術(micro-TESE)を行うことになります。
閉塞性無精子症と違い、そもそもうまく精子が作られていないので、この手術で精子が採取できる確率は、30%~40%とのことです。
実際に病院でそう言われました。
しかし、僕の場合はもうこれに賭けるしかありませんでした。
痛い思いをするとしても、足踏みしている場合ではありません。
顕微鏡下精巣精子採取術(micro-TESE)をすることに
担当の先生と話し合った結果、2泊3日の入院をすることにしました。
一般的にmicro-TESEは、部分麻酔で手術を行いその日のうちに帰ります。
僕の場合は、全身麻酔での手術を希望しました。
さらに、地元から距離があるので手術前の検査など、頻繁に通院できません。
この2点を考慮してもらい、クリニックではなく赤十字病院に入院ということになりました。
入院1日目 検査をして夜は絶食
入院1日目は朝から病院へ。
色々な科で、色々な検査をしたことは覚えていますが、詳細な項目は今となっては覚えていません。
アレルギーの確認や、麻酔への耐性チェック、血液検査などをした記憶はあります。
そして、同意書の記入や入院手続きなどの書類関係をして昼過ぎには検査が終わり、病室へ案内されました。
ちなみに、病棟は泌尿器科でした。
その後も、病室に薬剤師の方が来てアレルギーの再確認や、服用している薬の確認をされ、執刀する先生も来て手術当日の流れを説明されました。
また、陰嚢を切開するので陰嚢まわりの脱毛も自分で行うことに。
入院1日目は様々な人と様々な検査をしたので、疲れました。
夜ごはんから病院食が提供され、疲れた体に病院食の薄味が沁みこみ、食の好みが変わりそうでした。
次の日の昼過ぎから手術なので、21時以降は絶食で、水だけはOKとのことでした。
手術以外にこんな試練があるとは・・・
入院中なので特にできることもなく、その日は早めに寝ました。
成功確率30%~40%の手術を待つことに。
入院2日目① 手術は無事成功
入院2日目、朝食を配膳している音で目が覚めました。
この日ももちろん絶食。
朝から水を飲むのも禁止されました。
病室の他の人が朝食をとっている音にモヤモヤ。
何も食べれない、何も飲めないので、朝から点滴を打たれました。
栄養面はこれで完璧。しかしお腹はグーグー。
新人の看護師さんなのか、先輩看護師らしき人と一緒に来て見守られながら点滴を打ってました。
ちょっと失敗されました。痛い。
点滴の針は採血の針と違って太いので、点滴を抜くまでズキズキとした痛みがずっと続きました。
手術のときは、この点滴の管から麻酔を導入するそうです。
手術の時間は昼過ぎでした。
点滴もしているので、いよいよ何もできなくなりベッドの上でゴロゴロ。
手術の時間になり、看護師さんに誘導されて自分の足で手術室まで向かいました。
手術室の前には執刀してくれる先生と助手の先生、看護師さんと麻酔科の先生もいました。
確認のため自己紹介を促され、先生達も自己紹介をしてくれました。
その後、自分で手術台に仰向けで寝転び、周囲をキョロキョロ。
今までは特に緊張はしていませんでしたが、このときにようやく緊張してきたのを覚えています。
手術台のベッドがとても暖かくて心地よかったのも覚えています。
精子が採れなかったらどうしよう。
入院前に妻と話していた内容を回想していました。
養子縁組?
精子バンクに登録して他人の子供を育てる?
どれも無理だ。もし手術に失敗したら2人で生きていこう。
妻との会話を思い出しながら、改めて自分のせいで申し訳ないという気持ちになりました。
不安な気持ちを察してくれたのか、麻酔科の先生が雑談をしてくれて少し気が紛れました。
そのうちに麻酔が効いてきて意識を無くし、目が覚めた時には手術は終わっており自分の感覚としては本当に一瞬のように感じました。
まだ手術台の上でしたが先生から開口一番、
「精子がいる組織を8本とれたよ」。
この言葉になにより安心しました。
本当によかった。これで次のステップに進める。
まだ確定ではないけど、子供を授かる可能性があることにとても安堵しました。
手術が終わったので、やっとご飯を食べられる安心感もありました。
まだ麻酔が体に残っているので、ここでまた意識が無くなり夢の中へ。
入院2日目② 麻酔が切れると傷が痛い
次に気付いた時には、病室のベッドの上にいました。
相変わらず僕の左手を制御してくる点滴に加え、見たことない機器もありました。
口には酸素マスクのようなもの。
指にはパルスオキシメーターのようなクリップ。
胸には心電図を見るためのシール?
色々な物に体が繋がれていた状態でした。
しばらくボーっとしていると、股間に痛みが。
麻酔が切れて手術の傷が痛みだしたのです。
ヒリヒリでもなく、ズキズキでもなく、ジンジンでもない、形容しがたい痛み。
股間を蹴られたような、股間の奥が疼くような痛みでした。
痛みに耐えていると看護師さんが巡回に来て、僕が目を覚ましたことに気付きお医者さんを呼んでくれました。
ついでに痛み止めの点滴も入れてもらいました。
すぐに執刀した先生が来て、手術の結果を改めて説明してくれることに。
「精子がいる組織を8本採取することができた。精子の数は多くないし、元気のない精子もいるけど、きちんと動き回っている精子も確認できている。」
「これだけ採れたら何回か顕微授精も可能。もちろん、妊娠できるかはやってみないと分からないけど、手術は成功です。」
とても嬉しい言葉でした。
説明が終わると先生は戻っていきましたが、ご飯はまだ食べられる状態ではありませんでした。
飲み物はOKでしたが、そもそも色々な機器に繋がれているので歩くことは不可能。
入院1日目に買い溜めしておいたペットボトルのコーヒーを飲んでいました。
ちなみに、手術中の全身麻酔では自力で呼吸ができないそうなので、喉に直径1cmほどのホースを入れられていて、手術後にはいつの間にか抜かれていました。
これのおかげで手術後はしばらく喉に違和感があり、飲み物が飲みにくかったです。
「トイレに行きたいときは病室のトイレまで一緒に歩くので呼んでください。」
目を覚ました時に看護師さんから説明があり、トイレに行きたくなったのでナースコールで看護師さんを呼びました。
入院2日目③ トイレで流血
時間は夜の10時ぐらいだったと思います。
トイレに行きたくなったので看護師さんを呼び、病室のトイレに行きました。
手術後の僕がきちんと歩けるかを見るのも兼ねて一緒にトイレまで歩きましたが、さすがに中までは一緒ではありません。
問題なく歩けているのを確認し、ナースステーションへ戻っていきました。
僕ももう大丈夫だろうと衣服を下ろそうとしたときに、何かが足を伝う感覚がありました。
足元を見てみると、そこには血だまり。
傷口から流血していたのです。
まさかの事態にとまどいながらも、用を足してから看護師さんを呼ぼうか少し悩みました。
このときは流血しているだけで痛みはなく、体は元気だったのでわりとのん気でした。
しかし、さすがに血の量が多かったのでトイレにあるナースコールを押して看護師さんを呼び、流血したことを伝えるとすぐに数名の看護師さんが来てくれましたが、看護師さんも若干パニック。
1人は先生を呼びに走り、1人は脈を測ってくれ、1人は僕の顔色を伺いながら異常がないか見ているようでした。
少しして先生が来たのでトイレの中で患部を見てもらうと、
「手術が終わったばかりで傷口が完全に塞がってないから、動いた拍子にこすれて血が出たのだろう。押さえて止血すれば大丈夫。」と判断。
ベッドまで付き添ってもらい、しばらく患部を圧迫して止血してくれました。
血が止まったので患部にテープをして処置は終了。
「トイレは我慢して今晩はベッドで安静にしていてください。」
歩けるようになったら病院内を探検しようと思っていましたが、この一言で終了。
小便はベッドの上で尿瓶にすることになりました。
定期的に巡回してくれる看護師さんが尿瓶が溜まっているのに気付いて、トイレに流してくれるのですが、とても恥ずかしかったです。
そんなときに限って尿意が頻繁に訪れていたのは、きっと点滴をしていたからだと思います。
大人になってからの尿瓶は、友人だと思って声をかけたら違う人だったぐらいの恥ずかしさがありました。
「看護師さんごめんなさい・・・」
尿瓶を使うたびに心の中で顔を赤らめながら謝罪していました。
もちろん、大きいほうは我慢するしかありません。
就寝しながらもたまに来る傷の痛みと尿意、便意と戦いながら朝が来るのを待っていました。
入院3日目 回復し元気に退院
やっときた朝。
いつの間にか、傷の痛みは無くなっていました。点滴は相変わらずズキズキと痛みます。
そして待ちに待った朝食。
1日目の夜から何も食べていないので嬉しかったです。
午前中のうちに点滴と傷口のテープは外され、やっと身軽になりました。
傷口は塞がっており経過も問題ないとのこと。自分としても違和感などはありません。
念願のトイレに行くこともでき、ほっと一安心。
退院は午後なので病院内を探検することに。病院なので特に何もありませんでした。
ダラダラと過ごし、昼食をいただき、午後過ぎに妻が来てくれました。
退院時間になり、看護師さん達にお礼を言って荷物をまとめ、ロビーへ。
入院費用や手術費用を支払い、念のためタクシーで駅まで向かいました。
帰りは高速バスで地元に帰りましたが、帰りの道中も特に問題はありませんでした。
強いて言うなら、バスのドライバーの運転が荒くて少し酔いました。
1日半ぶりの我が家でしたが、やはり落ち着きますね。
その日は好きな食べ物を買い、妻と2人で食べて寝ました。
夫の戦いは終了 次は妻が頑張ってくれる
これで僕の治療は終わり、無事に採取できた精子で顕微授精をする段階になります。
しかし、本当につらいのは女性である妻のほうです。
男性は手術をして終わりですが、女性の場合は違います。
1か月間、毎日の薬の服用に加えて、自己注射や膣剤などをしていかなければなりません。
そうして体を整えていき、卵子を採取する手術が始まります。
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micro-TESEの後遺症について
micro-TESEの手術をしてから3年ほど経過していますが体に異変などはありません。
まれに、micro-TESEの後遺症で男性ホルモンが20%程度低下することもあるみたいです。
本来であれば、1か月~数か月後に男性ホルモンが低下していないかの検査をするのですが、僕は面倒なので行きませんでした。
もし男性ホルモンが低下している場合は、内服薬で男性ホルモンを作る手助けをしてあげる必要があるそうです。
しかし、何もしなくても時間経過により男性ホルモンが自然と体に作られることもあるそうです。
僕は検査していませんが数年経過した現在でも心と体はすこぶる順調です。
実際に担当の先生は、「術後に男性ホルモンの検査を受けに来る人は手術した人の半分くらい」と言っていました。
もしかしたら他に異常が見つかる可能性もあるので、心配な方は術後の検査をおすすめします。
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